Article内視鏡医内視鏡医が悩む手首や腰の痛み、人間工学ノウハウで解決2023/02/28

内視鏡医が悩む手首や腰の痛み、人間工学ノウハウで解決

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「“いま痛い所はありますか?”と聞かれて、内視鏡医の約半数が“どこかが痛い”と答えるという意味になります。この調査結果は、実情を表していると感じます」。                                                                                                                                      

そう話すのは、山下病院(愛知県一宮市)の松崎一平先生(消化器内科統括部長)。松崎先生たちが、2019年に実施した調査結果に関するコメントです。

同調査では、名古屋大学消化器内科の関連病院に所属する、消化器内科医にアンケートを実施。関節などの痛みを伴う筋骨格系障害(MSDs)の有病率を調べたところ、時点有病率(直近1週間)は44.5%に上ったといいます。

「MSDs有病率の定義は論文によって統一されていないため、一概には言えませんが」と補足しつつも、注意すべき水準だとの認識を示しました。

長時間の立ち仕事や、手術・検査業務などによる身体的負担を抱えがちな医療従事者による罹患も注目されるMSDs。内視鏡医によるMSDsも海外で報告されています。また大腸内視鏡検査に従事する内視鏡医の場合、手首や首、腰での有病率が特に高いという別の研究もあります。

内視鏡業務で下半身が悲鳴、自身の原体験

実は松崎先生も、MSDsの症状である手首や腰の痛みに悩んだ過去がありました。

「私は消化器内視鏡専門医なので、1日にこなす手術や検査の数が非常に多いです。2018年に、立ち仕事の内視鏡手術を繰り返す中で腰を痛めてしまったため、常にコルセットを履いている状態でした」。

特に難しい内視鏡治療の場合は、手術時間が2時間以上に達することもあったため、身体への負担が大きかったと話します。

「手術を始めて1時間くらいで腰や足がかなり痛くなり、しびれも出てきてしまい、下半身が悲鳴を上げるような状態でした。専門医の先生は誰でもそうですが、無駄がない動きをどんどん精錬させることで、なるべく治療時間を短くする努力はしてきましたが、身体の痛みはなかなかおさまりませんでした」。

特に大腸ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)の負担は大きかったそうです。

「ESDをやられる先生はよく分かりますが、電気メスを動かすため、ペダルを足で細かく操作しないといけません。身体の重心が左足に偏ったままでの立ち仕事はかなりの負担になります。また大腸内視鏡は手首の回内・回外操作も多いため、私の場合は右の手首を痛めてしまいました」。

手首の痛みが強くなり、一時期は大腸内視鏡検査とESDを休まざるを得ない時もあったといいます。

「どんなに努力して治療の手技を向上させても、体を壊してしまったら患者さんに貢献できない。それを痛感しました」。

医者は我慢して当たり前?

慢性的な負担によって時に強い痛みを伴う事態は、内視鏡医をはじめとする医療従事者にとっては切実な問題。しかし思いのほか問題視されることが少ないといいます。

「”医者は我慢して働くのが当たり前”という雰囲気があり、受け入れてしまっている現状がどの施設でもあるのではないでしょうか」と松崎先生は指摘。さらにこう続けました。

「当院にも親指の腱を痛めたり、鈍い頸部痛を訴えたりする若い医師がいます。しかしやはり治療に集中するあまり、少しくらいの苦痛は我慢してしまう。それが当たり前と感じてしまう。そういう現状が多くの施設で見られます」。

しかし問題があるのは働き方のほうであるにもかかわらず、人間が無理にそれに合わせようとしている。松崎先生は問題をこう見ています。

「休憩を挟みたくても、座りたくても職場の雰囲気がそうさせてくれない、という現状があります。組織的にも社会環境的にも、“医療従事者が痛みを我慢する必要はない”という雰囲気に変えていくことが必要です」。 

変わる内視鏡医の働き方

「内視鏡医のMSDsが問題として顕在化してきたのは、おそらくここ20年くらいです」。

その間に内視鏡医の働き方は、大きく変化してきました。

「内視鏡医の業務は検査に加えて、ESDをはじめとする内視鏡治療も増えてきました。治療時間も長くなるにつれ、私たちが内視鏡関連の業務に従事する時間が増えています。実際に欧米の内視鏡学会ではかなり注目されてきています」(関連論文一例)。

しかし内視鏡に従事する時間が長くなっても、身体への負担が軽くなっているわけではありません。

「内視鏡手術で業務時間が長くなっても、内視鏡の機器自体が軽くなったわけではなく、形もずっと変わっていません。そもそも観察するために開発された機器によって、治療もできるようになった点は非常にすばらしいことです。しかし長い時間持って使うことを想定して作られたわけではない機器を、2時間も3時間も操作するわけなので、身体への負担は大きくなってしまいます」。

内視鏡医の立ちっぱなし問題、椅子で解決できないか?

立ち仕事が多く、身体に痛みを抱える内視鏡従事者の負担をいかに減らすか?自身も悩んだこうした課題を解決する方法を考える中で、松崎先生は専用の椅子を開発する着想を得ます。

開発方法を試行錯誤する中で、松崎先生は「人間工学」という考え方に出会いました。機器に人間が合わせるのではなく、人間の身体や能力に合わせた機器を設計・開発する方法を研究する分野です。

さらに「私にとって人間工学の師匠」と松崎先生が呼ぶ、名古屋市立大大学院医学研究科の榎原毅准教授(現在、産業医科大学 人間工学研究室教授)との出会いに恵まれたことも、人間工学の探求を後押ししました。

人間工学の観点を踏まえた椅子を開発することで、内視鏡従事者の問題を解決する。そのためにあらゆる椅子の専門メーカーを訪ね歩く中で、「ピルエット」というスツールを見つけました。

オフィス家具などの大手メーカーである株式会社オカムラが販売する同製品。一般的なスツールよりも座面を高くできるため、「立つ」と「座る」の中間のような姿勢もできる点が特徴です。さらに座面を全方向に傾けることができるため、一つの姿勢に固定されず、姿勢変換が容易になる点も内視鏡従事者にとって有用と報告されています(関連情報1関連情報2)。

松崎先生がこのピルエットを検査や手術の際に使うようにしたところ、腰痛や足のしびれがなくなり、長らく手放せなかったコルセットも不要になるほどの効果を感じたそうです。

ピルエットに腰掛ける松崎先生 ピルエットに腰掛ける松崎先生

柔軟な姿勢変換の重要性について、松崎先生はこう話します。

「例えば内視鏡関連の仕事でも、胃カメラの身体的負担は比較的低いように感じます。検査時間が短く、かつ終わったら座ってレポートを書く、といった姿勢変換が小刻みに発生するからです。しかし内視鏡手術の場合は、負担の大きい動きを長時間続けざるを得ません。姿勢変換は、人間工学でも非常に重要視される点です」。

椅子だけでは足りない、人間工学の必要性

ピルエットと出会ったことで、松崎先生自身で椅子を開発する必要はなくなりましたが、人間工学の探求は終わりませんでした。

内視鏡医の身体的負担を軽減するには、椅子にとどまらない多面的な要素を考慮する必要性に気づいたからです。

「人間工学を学び始めた当初は、椅子が研究対象、という風に狭く考えていました」と松崎先生は振り返ります。

しかし内視鏡の業務環境改善につながる要素は、椅子だけでなくモニターの配置など、数多くの要素がある。医療機器開発でお世話になっている大阪大学の中島清一特任教授(次世代内視鏡治療学共同研究部門)より、「人間工学と内視鏡の研究は誰かがやらなければならない。椅子の開発もいいけど、もっと基本的な人間工学と内視鏡のベースになるような研究を行うことで、先生は数年後にこの分野の第一人者になれる」とアドバイスを受けたことなどをきっかけに、松崎先生はより包括的な取り組みに乗り出します。

内視鏡業務の人間工学的対策、まずは7つのコツから

それでは人間工学を考慮した包括的な取り組みとは、どのような内容でしょうか?

松崎先生は、基本的な対策として次の7つ挙げました。「消化器内視鏡検査・周術期管理の標準化ハンドブック」に松崎先生が投稿した内容です。

  • Tip1:内視鏡従事者、内視鏡操作部、モニターは一直線に配置しましょう
  • Tip2:モニターの中心が目線から15~25°下方となるよう高さを調整しましょう
  • Tip3:作業面の高さはひじの高さから少し下に調節し、肘が身体から離れる作業姿勢を減らしましょう
  • Tip4:長時間の内視鏡業務に従事する時は、座った姿勢と立った姿勢を交互にとりましょう
  • Tip5:ワークレストスケジュールを調整し、内視鏡業務の偏りを減らしましょう
  • Tip6:内視鏡モニターを見る場合は、「20-20-20ルール」を実践しましょう
  • Tip7:内視鏡検査・治療の前後、休息時にストレッチを行いましょう

「MSDsの原因となる不自然な同一拘束姿勢の原因は、椅子だけでなく周囲のモニターやベッド、機材の配置など、の環境調整に依存します。そのため医師だけでなく、機器のセッティングに関わる内視鏡技師が、人間工学の知識を習得することも重要です」。

しかしこうした取り組みは、まだ発展途上だといいます。

「7つの対策の実施状況については、論文にまとめている最中ですが、十分な対策ができている施設は、ごく一部にとどまります。またピルエットのように、姿勢変換を柔軟にできる椅子をそろえている施設の割合も、10%を切ってしまうのが現状です」。

医療従事者向けの人間工学に関するガイドラインはまだ国内でありませんが、そうした役割を期待できるこの「Ergonomic Endoscopy 7 Tips」。こうした対策を理解することは重要であるものの、それだけでは足りないと松崎先生は話します。人間工学的なノウハウを現実に反映するには、制約も踏まえながら落としどころを考えることも必要だからです。

「ガイドラインを作ったから終わり、という風には絶対ならないでしょう。個々の施設で内視鏡従事者が自律的に作業管理できなければなりません」。

自律的作業管理の一例として、松崎先生は自院の例を挙げました。

「例えばERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)を実施する際、当院のスペースでは医師はどうしても首をひねる姿勢にならざるを得ません。こうした物理面での制約は根本的な解決が難しいですが、もし人間工学の理解があり、長時間の同一姿勢がよろしくないという認識があれば、ひねっていた首を一定の頻度で逆方向に戻す、といったちょっとした対応ができます」。

つまり1つの対策がどうしてもできない時は、他の対策で柔軟に補完するという考え方です。

人間工学、内視鏡AIで考慮すべき点とは?

また内視鏡AI製品について、人間工学の観点で考慮すべき点にも触れました。

「そもそも人間工学は、“ウェルビーイング”と“パフォーマンス”の調和を図る学問です。内視鏡医のウェルビーイングの中には、ポリープや癌を見つける、診断するといったやりがいや学習意欲も含まれます」。

この点と内視鏡AIはどう関係するのでしょうか。

「仮に内視鏡AIシステムによる結果が、人間の医師が病変を認識・診断するより早く表示されてしてしまうとします。最初のうちは医師も非常に感心するかもしれません。しかしこれが長く続いてしまうと、内視鏡検査のやりがいや楽しさが損なわれてしまう可能性もあります」。

また内視鏡AIシステムの性能そのもの以外にも、考慮すべきポイントがあるといいます。

「医師が認識しやすいモニターの位置の高さや視野角、表示レイアウト、視距離は重要。また適切な背景輝度も大事です。内視鏡室の電気を消して暗い状態でモニターを見る場合が多いですが、最近のモニターは高精細なため、実は暗くする必要はありません。こうした点に関する適切なやり方は、すでに人間工学の世界では考えられています」。

まだまだ必要な啓発活動

このように内視鏡医の身体的負担の軽減だけでなく、やりがいや学習意欲、診断しやすい環境の構築といって点にまで踏み込む人間工学。しかし2019年に国内で実施された調査では、内視鏡従事者による人間工学の認知度は非常に低い現状が明らかになっています。

「一方で欧米では人間工学的対策の論文や教育ビデオ等が充実しているようです。2019年のEIOの報告では、アメリカで人間工学教育を受けたことがある内視鏡医の割合は、35.9% (56/156名)という結果が報告されています」。

そのため松崎先生は、人間工学の啓発活動に日々取り組んでいます。医療系メディアのメディカルトリビューンでの記事掲載や、gastropediaでの連載もその一環。さらに今では内視鏡従事者に限らず、医療従事者全体も視野に入れた活動へと移っています。医療活動の中で発生するMSDsなどの問題は、内視鏡従事者に限らないからです。

松崎先生が研究部会長をされている日本人間工学会の「医療労働関連MSDs研究部会」は、「すべての医療従事者を守る快適な労働環境をつくる」をパーパスとして掲げています。

一方で「人間工学の研究は、医師にとって決して花形ではありません。地道で困難な取り組みです」と話す松崎先生。それでも普及に向けて取り組むのは、自身がMSDsに悩んだ原体験の影響が大きいといいます。

「私はこれまでに内視鏡の診断や治療の研究も数多く進めてきました。しかし人間工学に助けられた経験があって今があります。私の医療現場への啓発活動は、人間工学という学問への恩返しです」。