Article内視鏡医ホリエモンと取り組む予防医療、「助かったかもしれない」患者を減らすため2022/10/12

ホリエモンと取り組む予防医療、「助かったかもしれない」患者を減らすため

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ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)を除去することで、胃がんの予防が可能になる。

内視鏡医にとっては周知の事実であるものの、一般層向けの認知を広める余地はまだあると、鈴木英雄先生(筑波大学附属病院つくば予防医学研究センター副部長)は話します。

鈴木先生は、これまでに様々なやり方で予防医療の重要性を一般市民向けに説いてきました。その一つが市民向け公開講座です。先日もつくば市民向けに、がん予防をテーマに解説するなど、啓蒙活動を地道に積み重ねてきました。

「しかしこうした講座の参加者数は、1回につき100人程度にとどまります。しかも参加者の多くは、予防医療の重要性をすでに認識されている方々です。そもそも予防医療に関心がなくがん検診も受診しない方々にこそ、我々の声を届けたい。それが難しいという歯がゆさがありました」。

そうした中で、2016年に一つの転機がありました。実業家の堀江貴文氏(ホリエモン)との出会いです。

「ピロリ菌の除去によって胃がんは防げる、という事実を当時初めて知った堀江さんは、その重要性を広く啓蒙したいと考えていました。活動を始めるにあたって、共通の知り合いを通じて、消化器内科医である私に相談が来た、という経緯です」。

ピロリ菌の除去や胃がん予防の重要性を一般向けに啓蒙する。その受け皿として、一般社団法人「予防医療普及協会」が2016年9月に設立され、鈴木先生も顧問として参画しました。

鈴木先生が消化器内科の専門医として発信情報の正確性を担保しつつ、著名な堀江氏が表立って活動することで、より広い層に情報を届ける狙いです。

「マスコミによって一般向けに広められる医療情報は、時にセンセーショナルで突拍子もない内容も多いです。その中で正確な医療情報というのは、必ずしも受けが良くありません。堀江さんの影響力を借りることで、我々の発信内容に注目を集めることができると期待しました」。

すでにピロリ菌の除去に対して2013年から健康保険が適用されていたため、認知を広める上での基盤が出来上がっていた状況でもあったといいます。

人気番組やイベントに出演、鈴木先生の啓蒙活動

ピロリ菌検査や除菌後の内視鏡検査の啓蒙にあたって、予防医療普及協会での鈴木先生の取り組みは多岐にわたりました。

堀江氏のYouTubeチャンネルやABEMA TVの番組に出演したほか、「ニコニコ超会議2017」で開かれたパネルディスカッションにも参加。予防医療をテーマに、メディアアーティストの落合陽一氏らとも意見を交わしました。

ホリエモンチャンネル」に出演

また単に認知や情報を広めるだけではありません。協会のWebサイトや関連イベントなどで、ピロリ菌の検査キットを格安で販売することで、検査実施までの体制も整えました。

「この検査キットは尿検査という形を取っています。呼気や血液での検査を一般の方がやられるのは難しいので」。

さらに検査によって陽性と判定された場合は、学会推奨のクリニックでの精密検査を案内するなど、啓蒙活動にとどまらない仕組みづくりに取り組んでいます。

金銭の報酬はなし、無償で取り組む協会活動

こうした活動には当然ながら費用がかかるため、協会設立直後の2016年に、クラウドファンディングで初期の活動資金を募っています。胃がん撲滅に向けた啓蒙活動の重要性を訴えつつ、支援者には検査キットや関連グッズなどを提供する取り組みです。

クラウドファンディングの様子

目標額達成に必要な認知拡大に向けて、堀江氏ら著名人も参加するイベント「ピロリナイト」を六本木で開催。その結果、支援総額は約1,400万円と、当初の目標を大きく上回る額を達成しました。

こうして主要な活動資金をクラウドファンディングで調達した同協会ですが、日々の細かな費用はメンバーが自身で負担しているといいます。

「堀江さんを含め我々は協会から一銭もいただいていません。会議に参加する交通費も含めて全て自腹です」。

胃がん予防の成果は?

鈴木先生や堀江氏のほか、各界の第一線で活躍する識者たちが無償で活動する同協会ですが、どのような成果につながっているのでしょうか?鈴木先生はこう話します。

「数値で測れる成果としては、検査キットの販売数になります。ピロリ菌の検査キットの販売数は累計9,200個ほどです。検査をきっかけに除菌したことで、胃がんにならずに済んだ方の割合が、仮に10年間で1.5%に上るとすると、約140人の予防につながったと言えます」。

医療情報が錯綜する現代、個々人のヘルスリテラシーも重要

同協会による活動はこれだけではありません。これまでに大腸がんや子宮頸がんの予防医療活動、糖尿病の予防啓発活動など、予防医療の普及に向けた取り組みは多岐にわたっています。

ただ予防医療をさらに普及させるためには、より根深い問題も無視できないといいます。

「予防医療の重要性は、当たり前に聞こえてしまう話でもあるため、メディア受けは必ずしも良くありません。一方、キャッチーで耳心地の良い”トンデモ医療情報”は巷にあふれています。正しい医療情報を見分けるために、個々人のヘルスリテラシーを上げることがとても重要です」。

本来であれば命に係わる間違った情報は、メディア上から遮断されなければならないと強調しつつ、正誤が怪しい情報があふれる現状では、それぞれがリテラシーを身に着ける必要がある、と鈴木先生は話します。

早期胃がんの予防医療、内視鏡AIの役割

また早期胃がんの予防医療における内視鏡AIについて、鈴木先生はこう話します。

「病変をもっと早く見つけられていたら、助かったかもしれない。こういう患者さんを減らす必要があります。そのために胃がんを早期で発見するための内視鏡検査が重要ですが、人間の医師だけで見逃しをゼロにすることはできません。検診の現場に内視鏡AIが導入されることで、よりゼロに近づけることはできるのではないでしょうか」。

また近年になって胃がん検診の傾向が変化しているため、内視鏡AIの役割も変わってくるといいます。がんを早期に発見する二次予防としての胃がん検診から、一次予防に重点を置いた胃炎の診断に軸足が移っているため、「将来的には胃炎の検診に内視鏡AIを活用することで、胃がん予防に貢献できると思います」と鈴木先生は話します。

一方で鈴木先生はこうも話します。

「胃炎検診にはそれなりのスキルが求められるため、まだキャッチアップできていない先生もいらっしゃいます。ただそうした場合でも、講習会を何回か実施すると、胃炎を徐々に判定できるようになるため、こうした学習は重要です」。

「予防や早期発見ができていれば、助かったかもしれない」というケースを1つでも減らすべく、鈴木先生の活動はまだまだ続きます。