Article内視鏡医内視鏡における欧州の技術進化と日本の強み、センメルワイス大学留学記2022/09/19

内視鏡における欧州の技術進化と日本の強み、センメルワイス大学留学記

目次

本記事は、埼玉医科大学総合医療センター 消化管・一般外科 准教授 熊谷洋一先生による寄稿です。

ウクライナ紛争前、コロナのピークの中、ハンガリーへ

2022年2月より4月末まで埼玉医科大学の交換留学制度でハンガリー、センメルワイス大学へ3ヶ月の留学の機会をいただきました。2月5日に消化器内視鏡学会東北支部例会(引地拓人会長)で多田智裕先生(株式会社AIメディカルサービス 代表取締役CEO・ただともひろ胃腸科肛門科 理事長)とAIに関する講演をした後、バタバタと出発したのでした。

2月の東京はコロナの第6波のピークで、羽田空港は閑散としていました。乗客もほとんどいないためか、航空機のキャンセルが直前で相次ぎ、私が予約していたルフトハンザもANAの深夜便へ変更になりました。

ウクライナ紛争前でしたので、飛行機は順調にロシア上空を通過し、幸運なことにオーロラを見ることができました(図1)。ちなみに当たり前ですが、帰路は黒海、カスピ海、中国上空を飛んで紛争地の上空は避けていました。

図1:機内から撮影したオーロラ 図1:機内から撮影したオーロラ

40人を超える消化器外科、消化器内科を持つセンメルワイス大学医学部

ハンガリーは東欧の中央に位置し、人口は約1000万人で首都は「東欧の真珠」とも形容される美しいブダペストです(図2)。私が研修したセンメルワイス大学医学部は1769年に設立された非常に歴史のある医科大学です。

消化器ユニットも100年を超える歴史的な建物で診療が行われています(図3)。消化器外科、消化器内科あわせて40人以上の大きな医局で、私の研修期間中に移植外科も合併し、さらに大所帯になりました。

主任教授のSzijártó教授は40歳代と非常に若く、京都大学で肝胆膵外科を学んだ経験があり、私を見つけると毎回「OHAYOGOZAIMASU! DAIJOBUDESUKA?」と声をかけてくれます。医局の皆さんはフレンドリーで東洋から来た「平たい顔」をした外国人に非常に親切にしてくれます。

図2:朝焼けのブダペスト 図2:朝焼けのブダペスト
図3:センメルワイス大学消化器ユニット 図3:センメルワイス大学消化器ユニット

ERCP, EST, 結石除去を最短12分で終了する凄腕内視鏡医も

今回のハンガリー留学は、消化器外科、消化器内科の現状視察が目的でした。教授のご専門の肝胆膵領域は手術、内視鏡治療ともに素晴らしい技術でした。とにかく早い!教授の膵頭十二指腸切除は12時前に終わりますし、ERCP, EST, 結石除去を最短12分で終了する凄腕内視鏡医もいました。消化管外科領域では、私たちが日本で始めたICG蛍光法による再建腸管の血流評価が海を渡ってハンガリーでも導入されるのを見ることができ、感慨ひとしおでした。

消化管癌に関して、事前に株式会社AIメディカルサービス(以下、AIM社)よりWHOが発表している世界の癌の新規患者数、死亡者数の表をいただいていました(図4)。これを見るとヨーロッパの胃がんの死亡率(おおよそではありますが)は日本に比べて非常に高いことがわかります。一方、大腸に関しては日本と変わりがない。この理由を検証してみようと思いました。

図4:WHO発表 日本とヨーロッパの比較 図4:WHO発表 日本とヨーロッパの比較

ヨーロッパの胃がんによる死亡率の高さ、その理由とは

まず、手術に関して私は渡欧前、ヨーロッパの胃がん手術に懸念を抱いていました。有名なDUTCH trialが報告されたのは2004年のことです。オランダの多施設共同研究で日本のD1郭清とD2郭清を行った患者の予後を比較したところ、有意な予後改善効果は認められませんでした。むしろD2郭清をすると在院死が10%と惨憺たる成績が報告されました。

2006年にバルセロナの消化器癌学会に参加したときもこのテーマがディスカッションされていましたが、「この結果を考えると俺たちヨーロッパではD1郭清でいいんじゃないの?でも日本がD2できてるんだから俺たちも頑張らないと!」みたいなことが話されていたのを覚えています。その後、日本から技術指導を受けたと聞いていましたが、手術成績が改善されたかどうかは聞いておりませんでした。

写真は私がお世話になった上部消化管チームで、中央が上部消化管外科の責任者で私のメンターのDr.Vassです(図5)。彼はオランダで手術を学んだそうです。彼の手術を見ていると基本手技は日本と全く違うのですが、できあがりは非常に綺麗でしっかりD2郭清をしています(図6)。在院死はどれくらいあるか聞いてみたところ「え?そんなのいないよ」と言っていました。腹腔鏡手術も上手でヨーロッパの胃がん手術は急速に進歩していることが確認できました。

図5:センメルワイス大学上部消化管チーム 図5:センメルワイス大学上部消化管チーム
図6:腹腔動脈周囲の郭清 図6:腹腔動脈周囲の郭清

留学を経て感じた内視鏡における欧州の技術の進化と日本の強み

今回のハンガリー研修で感じたことは、日本の胃がん検診制度のありがたさでした。日本の胃がん検診は1960年代に産声を上げました。東北大学の教授が「医者が病院で患者が来るのを待っていたら切除不能になってからやってくる。医者が病院を出て癌を探しに行こう!」と号令をかけ、レントゲン車を作って地方にバリウム検診にでかけたことが始まりだそうです。

胃がんの有病率が高かったことが原因と思いますが、素晴らしい慧眼と行動力だと思います。拡大内視鏡、超拡大内視鏡、AIといった今日の我々の最先端の研究もこの東北で始まった挑戦の延長線にあるのだなと感じます。ハンガリーでは上部消化管の検診制度はなく症状が出てから患者がやってきます。それではやはり遅いのだろうと思います。

3ヶ月の研修期間中に上部消化管の早期癌はほぼ見かけませんでした。やはり、日本との予後の違いは早期診断が大きなウェイトを占めていると思います。ちなみに大腸は便潜血が検診として行われており、陽性者には大腸内視鏡が保険診療で施行できます。

早期癌も見つかりますし、ポリペクも積極的にしています。大腸癌の予後が良いのは早期発見のためだと思います。上部消化管の早期診断に関して、消化器内科のドクターたちとディスカッションしました。3ヶ月という限られた時間でしたので十分な議論やデモンストレーションはできませんでしたが、AIによる診断サポートを含め、次につながるようにできるだけ種はまいてきました。

もう一つ感じたことは、日本式の上部内視鏡スクリーニングの撮影法とその教育が秀逸であるということです。日本の検診制度はダブルチェックが原則です。ですから日本の内視鏡医には「他の医者が診てもわかるように、見落としのないように胃の粘膜をくまなく」撮影するという基本的なテクニックが教育され身についています。

AIM社が胃がんの早期診断支援AIをリリースすることや、ヨーロッパに支店を設けることを伝えると大変興味を示してくれます。もちろん胃がん拾い上げAIは世界中で早期診断の役に立つことでしょう。それに加えて適切な撮影部位をAIがナビゲートしてくれればさらに見落としが減るのではないかと夢が膨らみました。

コロナ禍、ウクライナ紛争などでAIM社の皆様にはご心配をおかけしました。紛争勃発直後に多田先生からもご連絡をいただきありがとうございました。ご報告しましたとおり、ハンガリーは表面上戦争の影響は全く受けておらず、東欧の文化と自然もできる範囲で満喫した3ヶ月でした(図7,8)。何より海外にたくさんの友人ができたことが一番の収穫で、今後も交流を続けていければと考えております。日本の技術や知識もさらに紹介できるようAIM社にもお力添えいただければ幸いです。

図7:ハンガリーの海とも言われるバラトン湖 図7:ハンガリーの海とも言われるバラトン湖
図8:ドナウ川沿いのセンテンドレの町並み 図8:ドナウ川沿いのセンテンドレの町並み