Article内視鏡医「日本の知恵と魂がこもった内視鏡医療を用いて、持続可能な胃がん撲滅モデルを世界中で構築し続ける」福岡大学筑紫病院 八尾建史教授インタビュー(後編)2022/09/05

「日本の知恵と魂がこもった内視鏡医療を用いて、持続可能な胃がん撲滅モデルを世界中で構築し続ける」福岡大学筑紫病院 八尾建史教授インタビュー(後編)

目次

福岡大学筑紫病院内視鏡部 診療部長・教授の八尾建史先生は、内視鏡診療の領域において拡大内視鏡の権威として知られています。また、ピロリ菌の世界的権威である山岡吉生先生(大分大学環境予防学講座 教授、米国ベイラー医科大学消化器内科 教授)等と共に、「特定非営利活動法人 胃癌を撲滅する会」(以下、HIGAN)(理事長:ウィーン医科大学消化器内科 鴨川由美子先生)の理事も務められており、早期胃がんの発見において世界をまたにかける活躍をなさっています。インタビュー後編では、HIGANの活動を通じた八尾先生の気づきと、今後の活動についてお話をうかがいました。

代表理事・鴨川先生が国境なき医師団の活動で感じた「危機感と対策」

2016年、HIGANが設立されました。私自身も設立当初からコアメンバーとして参加しています。まずは設立の経緯について、代表理事である鴨川先生のエピソードをご紹介します。

HIGANの設立は、私のこれまでの経験(インドとWHOでのご経験)上、次のことが活動開始のトリガーとなりました。

  • 国境なき医師団の一員として働いたインドカシミールにおいて、成人の一番の主訴は「胃痛」であり、その原因としてピロリ菌の関与を疑ったこと
  • 共に働く現地医療スタッフは新しい知識に飢えていることから、卒後教育機会の欠乏があることが分かった
  • さらに、WHOでのフィラリア撲滅運動で、疾患の撲滅には1)予防、2)早期発見のと治療が必須であることを学んだ

そこで、日本で発達した胃がん診断治療の技術を途上国に伝えたいと考え、NPO法人「HIGAN~胃癌を撲滅する会~」の設立に至りました。

世界トップクラスの胃がん多発国ブータンで内視鏡ができる医師は数名

HIGANの活動の主軸は、胃がんの死亡率を下げることにあり、そのために

  • 1次予防:ピロリ菌陽性者の除菌
  • 2次予防:内視鏡による胃がんの早期発見

を途上国へと広げていくことを目指しています。

HIGAN設立後、最初の活動はブータン王国で行われました。ブータンは一般的に「世界一幸せな国」として有名です。しかし、

  • 世界トップクラスの胃がん多発国であり、胃がんによる死亡率が世界で二位
  • ピロリ菌の毒性が強い(2010年から大分大学の山岡先生が、ブータンの国民からピロリ菌を採取し、解析した結果判明 https://www.oita-u.ac.jp/000046671.pdf)
  • 20世紀半ばまで鎖国が続き、文明化されていない
  • 険しい山岳と切り立った渓谷エリアからなり、人の異動が少ない
  • 唯一の国立大学に医学部が新設されたが、医学生も医学教員も居ない
    (編集の多田も確認しましたが、そういう状況のようです)
  • 国外に出て医学を学んだ内視鏡専門医は国に1人しかおらず、国内で内視鏡検査をできる医師は8人

このような特徴があり、内視鏡医療においてはかなりの途上国と言えます。実際にブータンでの活動をスタートして分かったことですが、訪れた施設には20年前の内視鏡システムが1台しかありませんでした(図1)。それだけでなく、第1回のTTTコース(Train the trainer course:内視鏡を指導できる指導者を育成するコース)を開催したところ、ブータンの医師は(胃角部や噴門部の)反転観察を行っていないという衝撃の事実も判明しました。

(図1)20年前の内視鏡システムで検査が行われていた (図1)20年前の内視鏡システムで検査が行われていた

2010年のピロリ菌採取に関しては、大分大学の山岡先生がキャラバン隊を組んでブータン国内3つの地域を回られました。このキャラバンでは、4日間で400人の内視鏡検査を行い、計372名に胃の病変(胃がん5人 1.3%、胃潰瘍25人 6.7%、十二指腸潰瘍22人 5.9%)が見つかっています。

そのキャラバンを支援してくれたのが、ブータン国内で唯一の内視鏡専門医、Lotay Tshering 先生です。彼は後にブータンの首相となり、国策としての胃がん撲滅に尽力されている方です。HIGANの活動にも、大きな理解と協力、そして支援をしてくださっています。それでもブータンにおける活動の開始に当たっては大変苦労しましたが、各方面との数年にわたる調整を経て、2019年にようやくJICAの「草の根技術協力」にHIGANのブータン案件が採択されたことで、胃がん撲滅モデルの構築・検証を行うことになりました。

7割の住民がピロリ菌陽性、ダワカ村における検診&除菌プロジェクト

しかし、ブータンは人口70万人の小国とはいえ、一団体が全国民を対象にするのは不可能です。そこで、日本における「久山町モデル」を参考に、人口1000人程度の地域でまずは活動を行うことにしました。これがダワカ村プロジェクトです(図2)。

(図2)ダワカ村プロジェクトの概要 (図2)ダワカ村プロジェクトの概要

実際に私たちが行ったことは、以下の4つです。

  1. ダワカ村でのABC検診(12歳以上の1,200人を対象)
  2. 胃がんリスク群(CD群、40歳以上のB群)の内視鏡検診
  3. ピロリ菌陽性者(BC群)への除菌
  4. 除菌判定

その結果、7割の住民がピロリ菌陽性であることが分かり、除菌処置を行ったところ、除菌率は78%(544名中425名)となりました。さらに、5名の早期胃がん、30名の消化性潰瘍を発見しました。がんの発見率としては高い割合と思われます。

指導医の不足、前処置の違い ― これまでの活動を通して気付いたこと

今回のダワカ村プロジェクトで分かったことは、代表理事・鴨川先生のHIGAN設立の背景と重なりますが、医師でさえもピロリ菌に関する正しい知識が不足しているということです。これは指導医の不足によるものと考えられます。

住民も同様で、検診前後で比較すると検診後の方が理解度は上がっているものの、検診時の説明が十分に浸透しているとはいえませんでした。これに対してHIGANでは胃がん啓発ビデオを作成し、ブータン国内で提供しています。

また、前述の通り山岡先生の研究により「ピロリ菌の毒性は国によって違う」ことが分かってきました。一方で、ピロリ未感染者とピロリ感染者の胃がんの組織像には違いがありますが、検査方法や手技は違っていても、胃がんの組織像には人種ごとの違いはありません。

内視鏡検査における国や地域による大きな違いがあるとすれば、前処置の違いです。日本ではガイドラインに従い体系的に行われている前処置ですが、地域によっては粘液を洗うのに20分もかかっているところもあります。TTTコースを実践してきた中国ではだいぶ変わってきましたが、日本のやり方とは大きく異なります。「指導は前処置から」という現実があることが分かってきました。

また昨今、日本では内視鏡AIが発展してきています。特に今回紹介したような医師及び指導医が不足している地域においては、「日本人の胃は萎縮が多い」など、国による胃病変の特性に違いはありますが、私自身は日本の内視鏡AIは海外でも十分に通用するものであると考えます。ただし、前述した前処置の違いや画像の質の違い、解釈の違いといった壁を如何にクリアするかが重要に思えます。

世界中のすべての医師が「胃がんの早期発見」ができる日を目指して

今後はブータンでつくり上げた「胃がんを撲滅する疫学モデル」を、近しい状況にある途上国の国策へと提言していきます。私が取り組んできたTTTコースも含め、現地の医師が自立し、恒久的に自国の患者を診察できる技術を身に着けるための支援を続けていきます。

ブータンにおける胃がん撲滅計画に対し,2022年度はの、JICAとAMEDが共同で行う「SATREPS(地球規模課題対応型国際科学技術協力プログラム)」に採択されていますので、日本の優れた内視鏡医療(内視鏡機器や技術・知識・経験)の普及に努めます。言い換えると「知恵(wisdoms)と魂(sprits)」を海外へ適応させ、持続可能な胃がん撲滅モデルを実行していくこと、これがHIGANの目標であり、今後の活動指針でもあります。

「日本の知恵と魂がこもった内視鏡医療を用いて、持続可能な胃がん撲滅モデルを世界中で構築し続ける」福岡大学筑紫病院 八尾建史教授インタビュー(後編) 「日本の知恵と魂がこもった内視鏡医療を用いて、持続可能な胃がん撲滅モデルを世界中で構築し続ける」福岡大学筑紫病院 八尾建史教授インタビュー(後編)

※本インタビューは八尾先生を株式会社AIメディカルサービスへお招きし、感染症対策を行ったうえで開催いたしました(撮影時以外は全員マスクを着用しています)。