Article内視鏡医「私が開発した拡大内視鏡より先にやることがある」福岡大学筑紫病院 八尾建史教授インタビュー(前編)2022/09/05

「私が開発した拡大内視鏡より先にやることがある」福岡大学筑紫病院 八尾建史教授インタビュー(前編)

目次

福岡大学筑紫病院内視鏡部 診療部長・教授の八尾建史先生は、内視鏡診療の領域において拡大内視鏡の権威として知られています。また、ピロリ菌の世界的権威である山岡吉生先生(大分大学環境予防学講座 教授、米国ベイラー医科大学消化器内科 教授)等と共に、「特定非営利活動法人 胃癌を撲滅する会」(理事長:ウィーン医科大学消化器内科 鴨川由美子先生)の理事も務められており、早期胃がんの発見において世界をまたにかける活躍をなさっています。今回は八尾先生が取り組まれている、世界の内視鏡検査の水準向上に向けた活動についてお話を伺いました。

胃がんの発症率と胃がんによる死亡率が“ほぼ同じ”地域が存在

ご存じの通り日本では内視鏡診療における技術が発達・普及しており、がんを早期で発見するための様々な取り組みや現場の多大なる努力・研鑽があります。私自身もこれまで拡大内視鏡の開発とその診断学の確立という大きなプロジェクトに携わってきました。

しかし、私は胃がんを専門にしておりましたので、「胃がんの多発している地域において、その国の疫学を変えるくらいのことをしないと医学者とは言えないのではないか」と個人的に考えており、これまでに中国、コロンビア、チリ、ボリビア、ペルー、メキシコ、ロシア等といった胃がん多発国へ赴き、学術発表・講演・内視鏡技術指導を合計で32か国、323回行いました。

その中で拡大内視鏡をはじめ最新の技術や手法についても講演を通じてお話しし、現地の先生方も非常に興味をもってくれたのですが、一部の地域においては以下のようなことを感じました。

「早期胃がんを自分で発見した経験のある医師が非常に少ない」

GLOBOCAN 2012のデータ(図1)をご覧ください。青色の棒グラフが胃がん発生率で、赤い棒グラフが胃がん死亡率になります。韓国と日本は、胃がん死亡率は胃がん発生率の半分以下ですけども。他の国は胃がん発生率と胃がん死亡率はほぼ同じです。すなわちこれらの国では早期胃がんで発見されることがなく、ほとんどが進行胃がんの状態で見つかっているという状況を反映していると推測されます。

このデーターを見て(患者さんの命を救うためには)私が開発した拡大内視鏡より先にやることがあると思いました。海外へは拡大内視鏡よりも先に、胃がんを早期発見する技術・診断学を広げなければならないと考えました。

(図1)人口10万人あたりの胃がんの発生率と死亡率における国際比較 (図1)人口10万人あたりの胃がんの発生率と死亡率における国際比較

拡大内視鏡検査よりも先にやるべきこと

より良い内視鏡診療を提供するために、胃がんを早期で診断するために、characterization(胃がんの質的診断)拡大内視鏡を普及させることは非常に重要です。しかし、見たこともないものを診断することはできません。このような現状をまのあたりにして、私のやるべきことは何か――。そう考えたときに、まずやるべきは、「世界中で早期胃がんを発見できるようにdetection(胃がんの発見)を広く展開すること」への尽力だという結論に至りました。

Detectionの世界展開を目指す上での一番のハードルは、医師が学ぶ機会を作ることの難しさでした。これまで300回を超える講演を行う中で感じたのは、私の講演を聞きに来る医師の層は基本的に同じだということです。その地域のリーダー格の先生などは講演に参加されますが、毎日最前線で戦っているような忙しい医師にとっては、勉強の機会を作るということが難しかったのです。

e-Learning Systemの構築と”simple criteria”の確立

そこで私は、24時間いつでもだれでもどこからでもアクセス可能な「インターネット回線を用いたe-Learning System」の構築に挑戦しました。準備段階として、日本の研究グループやアメリカ、ヨーロッパ、アジアを代表する先生方とで2年間かけて様々なディスカッションを行い、トレーニングシステムの概要設計を行いました。

知識・技術を学ぶ機会として、私の講義動画を使用しています。ただし、がんに関して世界的に標準化された系統的な観察というものがないため、海外の先生方とディスカッションを重ね、「このような観察方法であれば各地の医師でも対応できる」というポイントを探り、講義の内容に反映させています(図2)。

(編集部追記:八尾先生は2013年に胃内の観察方法や拡大観察診断に関する論文
The endoscopic diagnosis of early gastric cancer https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3959505/ を発表されています)

(図2)e-Learning Systemにおける、胃内の観察漏れを防ぐために 胃内を22部位に分けて観察する方法を説明した図 (図2)e-Learning Systemにおける、胃内の観察漏れを防ぐために 胃内を22部位に分けて観察する方法を説明した図

Systematic screening protocol for the stomach (SSS)という名称を用い海外の先生が名称から内容を理解できるように呼称についても散在海外の先生と議論した.

知識についても上記同様、日本の診断学のように詳細なものではなく、単純化して理解できるようにすることを目指しました。そもそも白色光での診断学もないような状態ですので、e-Learning Systemにおいては、早期胃がんのシンプルな診断基準として、下記の2つの条件を満たすかどうかでがん/非がんを判断します(図3)。

  • 領域性がある(Well-demarcated lesions)
  • 色調または表面構造の異常(Irregularity in color/surface)
(図3)e-Learning Systemにおける早期胃がんのシンプルな診断基準 (図3)e-Learning Systemにおける早期胃がんのシンプルな診断基準

数多くの早期がんの診断を経験してきていれば、病変を見た瞬間に理屈でなく、がんかそうでないか診断できますが、早期胃がんそのものを見たこともないと、その診断レベルに到達することはできません。

これについては、100症例分の画像に対して連続してクイズ形式でトレーニングするコンテンツを作成しました(図4)。今考えると深層学習そのものであり,技術・知識に加え,経験を補完するコンテンツと考えています.設問には白色光画像のみを使用しており、各クイズでは回答後に正否を見られるだけでなく、上述で紹介した診断基準に則った解説がついています。

(図4)100症例分の画像をクイズ形式で学ぶことで経験不足を実戦形式で補完 (図4)100症例分の画像をクイズ形式で学ぶことで経験不足を実戦形式で補完

「八尾先生、ついに早期胃がんを見つけました!」
構築したシステムにおいて、515名の参加者を対象に検証を行いました。その参加者をPre-testを経て学習群と非学習群にランダムで振り分け、その後のテストの結果を比較したものが下記になります(図5)。

(図5)e-Learning Systemを通じて静止画での胃がんにおける診断能を改善できることが証明された (図5)e-Learning Systemを通じて静止画での胃がんにおける診断能を改善できることが証明された

検証の結果、すべてのステップをクリアしてきた医師は、各ステップを履行していない医師と比べ、テストのスコアが有意に上昇しました。つまり、早期胃がん所見を見慣れない医師でも、e-Learning Systemを通じて技術・知識・経験を得ることによって、(静止画での)胃がんにおける診断能を改善できることが証明されたのです。

この結果自体はテストにおける診断能の向上を示したものであり、実臨床における胃がんの早期発見率の向上を示すものではありません。しかし、Seventh International Course in Digestive Endoscopy Evidence-Based Therapeutics●●に参加するためにコロンビアの病院でライブデモンストレーションを行った時に, 実際にこれまで早期胃がんを発見した経験のなかったコロンビアの先生が、このシステムを通じて学ぶことにより「ついに早期胃がんを見つけました!」と報告してくれました.その患者さんをライブに被検者として招待し,その後私自身が拡大内視鏡による確定診断を行いと神戸大学の森田先生のESDにより無事に治療することができたという嬉しい出来事もありました。

TTTコースにより早期胃がんの発見率が改善

また、e-Learning Systemとは別のアプローチとして、現地での指導医育成コースの確立を目指しました。Train the trainer course (TTTコース)はレクチャー、ハンズオン、そして症例に対するディスカッションを行うという取り組みです。

この活動は2015年からスタートし、最初の開催地は中国の上海中山医院でした。中山病院には年間10万件ほどの内視鏡検査と2,000例のESDを行う中国のハイボリューム内視鏡センターがあります。しかしそのほとんどが紹介症例であり、スクリーニング検査はほぼ行われていないため、在籍する医師のほとんどが早期胃がんを発見したことが無いという環境でした。

そこで、在籍する医師5人に対してTTTコースを実施し、受講していない医師5人との「早期胃がん発見率」を比較しました。レクチャーでは、白色光によるDetection、白色光のcharacterizationのほか、拡大内視鏡の観察技術や診断方法、色素散布を行っての腫瘍深達度診断などについて講義を行いました。その後、ハンズオンモデルおよび実際の患者さんを対象にした実技指導(もしくはライブ)を行い(図6)、アセスメントシートを用いて評価を行います。そして「自分が見つけた早期胃がん症例」の画像を元にしたケースカンファレンスを行いました。

(図6)TTTコースにおけるハンズオンモデルを用いた実技指導の様子 (図6)TTTコースにおけるハンズオンモデルを用いた実技指導の様子

その結果、上海中山医院ではTTTコースの受講群は1.5%の「早期胃がん」を発見できたとともに、未受講群よりも胃がん早期発率が高くなるという、両群での有意差も確認できました(図7)。

(図7)TTTコース履修による成果 (図7)TTTコース履修による成果

この年に私が指導した医師は5人でしたが、その後彼らが指導医となり、他の医師たちを指導する取り組みも行われています。私が養成した指導医trained trainerが、自国の言葉で他のtrainerを次々と養成する、そして、養成された指導医trained trainerが広大な中国全土に永遠に広がり続けることができる、そんな未来の姿に注目しています。

ただしこの取り組みは、早期胃がんの発見率を実際の診療において改善することはできていますが、一方で、死亡率を減少させる直接のエビデンスはまだありません。最終的には胃がんによる死亡を減らしていくことが目的ですので、これが今後の課題でもあります。

世界の医師に「日本の内視鏡医療を伝える」ということ

私はこれまで、先進的な内視鏡医療、拡大内視鏡の開発等に関わってきました。日本は内視鏡医療の先進国家ですが、世界に目を向ければ、まだまだ早期胃がんの発見率は低く、胃がんにより亡くなる患者さんが数多くいます。この現実に直面した時、私は世界に目を向け、そして日本の内視鏡医療を世界に普及していく活動を始めました。

これまでに私が取り組んだ3つの活動のうち、2つをここまでにお伝えしました。後半では3つ目の活動として、NPO法人「HIGAN~胃癌を撲滅する会~」についてお伝えします。

後編に続く

※なお、今回紹介したe-learningはNPO法人「胃癌を撲滅する会」のホームページでどなたでも無料で参加できます。