Article内視鏡医「発がんリスクがあるIBDを、専門医でなくとも診ることが必要とされる時代」野﨑良一先生(のざき消化器IBDクリニック 院長)2022/08/31
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gastroAI onlineでは、内視鏡医の先生に役立つ情報を発信しています。今回は、2021年9月に「のざき消化器IBDクリニック」を開業された野﨑良一先生に、IBD診療の課題と将来の展望についてお話を伺いました。
野﨑先生は熊本県内における大腸肛門疾患の専門機関「社会医療法人社団高野会大腸肛門病センター高野病院」へ長年勤務され、IBDセンター長も務められました。日本では数少ないIBD診療を中心とするクリニックを開業し、熊本県内における大腸疾患の中心的な存在です。
IBDという疾患の認知度を、今よりさらに高めたい
クリニックに「IBD」と名付けていることは、全国でも珍しいのではないでしょうか。
珍しいですね。日本では当院で7か所目だと思います。私が調べたところ、北海道、東京、愛知、兵庫(2軒)、大分、そして当院です。九州地方では2か所目、熊本県では初のIBDと名の付くクリニックとなります。
クリニックの名称にIBDと付けたのは、IBDの専門的診療、大腸内視鏡の専門的な検査・治療を行う施設であるということ、さらに一般内科、消化器内科を通じての地域医療貢献を目指し、「のざき消化器IBDクリニック」としました。
開院してからまだ2か月足らずですが、前職は熊本県内でも有数の大腸肛門病センターに28年間勤務していたため、県内の基幹病院の休診日に診療を希望する方や、IBD診療を専門的に診療していない一般病院、クリニックからの紹介患者さんも増えています。
IBDとはどのような疾患ですか?
IBDは、広義では腸に炎症を起こす全ての疾患ですが、狭義では潰瘍性大腸炎とクローン病のことを指します。現在では、いずれも原因解明ができておらず、発症すると長期間の治療を必要とする指定難病です。
1990年代以降患者数は急増しており、全国で潰瘍性大腸炎は22万人、クローン病は7万人を超えると考えられています。しかし実際に難病指定を受けているのは、潰瘍性大腸炎18万人、クローン病4万人強、少なくとも全国でおよそ29万人のIBD患者がいることになりますが、隠れIBD患者さんもかなり多いと思われます。日本の指定難病は現在333ありますが、患者数が最も多いのが潰瘍性大腸炎です。
IBD患者さんの状況について教えてください。
当院を受診するIBD以外の患者さんだけではなく、一般の方にもIBDはまだまだ浸透しておらず、「IBDって何ですか?」とよく聞かれます。これだけ患者数が多いにも関わらず、未だ難病指定を受けていない人もいます。単なる下痢や、最近増えている過敏性腸症候群として扱われていることもあります。いくつかの症状があって受診し、大腸内視鏡検査を受けたが大腸に病変がない、しかし、実は小腸に病変があってクローン病だったという方もいらっしゃいます。
IBDは幅広い年齢層で発症します。潰瘍性大腸炎は30歳前後くらいに発症のピークがありますが、クローン病は10代後半から20代に発症ピークがあります。かつてのIBDは、若い世代では就学や就労、女性なら妊娠出産とライフサイクルの大事な時期に発症して、自分の希望を断念せざるを得ないことが少なからずありました。現在ではさまざまな治療法が確立され、早期に確定診断を行い治療開始することで、健常者と変わらない日常生活を送ることができるようになりました。
しかし、やはり若年層になればなるほど、なかなか医療機関を受診しようとしません。現在はストレス社会ですし、近年は過敏性腸症候群も増えていますので、「朝になると腹痛や下痢があって学校に行きたくない」という方が実はIBDだったという症例も多いのです。結局、自分では動けなくなって家族に連絡して受診することや、同僚に顔色の悪さを指摘されて受診することもあるでしょう。一人暮らしなら、よほど健康意識が高い方でないと、なかなか受診行動を起こしません。すると、症状に気付いてから半年経過していた、あるいは1年ほど前から調子が悪かったという症例も少なくありません。
判断が難しい軽症例も増え続けており、「診療できる医師」がカギを握る
現在のIBD診療における「課題」はどのようなことでしょうか?
IBDの患者は、今後さらに増えてくるでしょう。IBD専門医だけではなく、一般消化器内科の医師も診療を行う必要性がでてきます。潰瘍性大腸炎は、すでにそういう時代がきています。
一方で、IBDの認知度が低い、指定難病であるという事実は、患者の疾患に対する考え方だけではなく、医師にとっても治療のハードルを高くしています。すると、検査・治療ができる施設が少なくなり、患者は行き場を失って専門病院に集中する、それでは地域医療は成り立たなくなってしまいます。私が診療している南九州にはIBDを専門とする医師や医療機関も少なく、こうした地方では患者集中の傾向が顕著になります。これが一つ目の課題です。これではいけない、クリニックでも自分の経験が地域の中で何かお役に立てることはあるのではないか、自由度も高く患者さんに寄り添った診療を行いたい、そういう想いでこの地にIBD専門クリニックを開業しました。
さらに、最近はクリニックでも内視鏡は普及していますが、特に潰瘍性大腸炎は軽症例が増えており、IBDなのか、それ以外の疾患の可能性があるのか、判断がつきにくい症例も増えています。たとえばIBDと感染症では、治療方針は真逆になることもあります。IBD治療の歴史を変えた生物学的製剤は高額な薬剤ですから、簡単に使うわけにもいかない。こうした判断の難しさ、治療方針決定の困難さも、IBD診療の課題でしょう。
なぜ、IBDの検査・治療を推進していく必要があるのでしょうか?
IBDの本当に怖いところは、「炎症性疾患はやがてがん化するリスクがある」ということです。若年層での発症も珍しくありませんから、発症から20~30年後の働き盛り、さまざまな人生のターニングポイントを抱えている時期に、がん化する可能性があるのです。自分自身でIBDの発症に気付けないこともありますし、気付いたときにはすでにかなり進行している症例もたくさんあります。
まずは一般のみなさんがIBDに発症に気付けるか、そしてしっかり治療して病勢をコントロールし、長期的にはがん化リスクを減らしていけるか。そのためにはIBDについての啓発も必要です。これもIBD診療における課題といえます。
日本の大腸がんを減らすために、内視鏡検査の課題と未来の姿
大腸内視鏡検査に対する、先生の想いをお聞かせください
私の想いは「日本から大腸がんを減らしたい」ということです。しかし、大腸がん検診の受診率は非常に低く、アメリカの1/3程度です。さらに、日本の大腸がん検診は便潜血検査ですが、アメリカでは大腸内視鏡検査が普及しており、10年に1回は大腸内視鏡検査を受けている方が6割を超えています。一方、私の試算上日本では、便潜血検査プラス10年に1回の大腸内視鏡検査を受ける人は、わずか18%程度です。これでは、なかなか日本の大腸がんは減りません。
また、大腸内視鏡検査を受ける方が増えても、それを読影する医師の方にも大腸内視鏡の精度管理という課題があります。大腸がん死亡率減少に寄与する一番のQuality Indicatorは、ADR(adenoma detection rate)であるといわれていますから、医師にとっては、いかに見落としをしないかがキーになってきます。
しかし、大腸内視鏡は病変発見に対する個人差が大きく、みなが同じように判断できるわけではありません。私自身も過去に5万例ほどの大腸内視鏡を経験していますが、もしかすると見落としていたこともあるかもしれない。読影には常にそういうリスクや盲点があることを認識し、初心に帰って検査をしていかなければなりません。
さらに、IBDは小腸病変もありますが、小腸の観察はなかなか難しい。小腸に有用な検査方法として「カプセル内視鏡」がありますが、カプセル内視鏡の読影は誰もができるわけではなく、医師や専門の訓練を受けた技師が担当します。しかし撮影された画像が非常に多いため、時間もかかりますし精度管理も重要なポイントです。
今後、内視鏡検査の分野はどのように発展していくと思われますか?
やはりこれからの時代、大腸内視鏡の普及、IBD早期発見の糸口としての検査画像の読影に、AI技術の活用の場があるのではないでしょうか。AI技術により大腸内視鏡検査のADRが向上するならば、AIの貢献度は非常に高いものとなります。もちろん最終的に判断するのは医師の眼ですが、医師が気付かない初期の病変や、サーベイランスとしての大腸内視鏡検査における前がん病変、炎症のがん化への移行期としての病変でありジスプレジア、感染と見紛うような炎症など、人の眼ではなかなか判断が難しいポイントを示してくれるだけでも、AI技術が活用できるなら非常に有用性は高いと考えます。
すでにいくつかのメーカーからAI技術を搭載したシステムが登場していますが、今後さらなる改良の余地があるのかもしれません。AIが内視鏡の標準装備となるような時代になり、それがIBDの早期発見や腫瘍性病変の早期発見につながり、やがて日本から大腸がんを減らすことに寄与してくれればと期待しています。