Article内視鏡AI内視鏡AIとは?がんの早期発見を支援する人工知能2022/08/31

内視鏡AIとは?がんの早期発見を支援する人工知能

目次

この記事では、内視鏡AIの重要性や開発方法、臨床現場での活用方法などについて、(株)AIメディカルサービスの多田智裕(代表取締役CEO)が解説します。

医療分野での人工知能(AI)技術の活用がますます進んでいます。その対象は、診断から治療、創薬など幅広い分野に及びますが、主に次の6分野での実用化が期待されています。

  • 画像診断支援
  • 治療支援
  • ゲノム医療
  • 開発支援
  • 介護・認知症
  • 手術支援

中でも実用化が比較的進んでいる分野の一つが、画像診断支援。静止画や動画に写る病変の特徴量をAIが抽出・判定することで、医師による病変の検出や鑑別診断を支援する技術です。本記事で解説する内視鏡AIも、これにあたります。

内視鏡AIと一口に言っても、用途は様々。画像診断の観点で整理すると、次の4種類に分類できます。

  • 病変の検出・拾い上げ(Detection)
  • 病変の鑑別(Classification)
  • 病変の範囲診断(Segmentation)
  • 病変の深達度診断(Invasion depth diagnosis)

さらに画像診断支援に加えて、今後は内視鏡画像の撮影技術の均てん化(クオリティーコントロール)や、内視鏡手術支援などでの実用化も期待されています。

詳細は後述しますが、いずれの用途においても、目的はあくまで内視鏡医の支援や負担の軽減。巷でよく言われるような、内視鏡医の代替ではありません。最終的に判断を下すのは、人間である内視鏡医。AIはその補助という役割分担で、AI=Augumented intelligence(拡張知能)ととらえる考え方が一般的です。

上記の点を踏まえると、「内視鏡AI」とは内視鏡医による検査や診断、治療などの業務を支援するAIシステムの総称、と言えるでしょう。

私たち(株)AIメディカルサービスは、早期胃がんの鑑別支援を目的とした内視鏡AIを研究中です。使い方はシンプルで、内視鏡検査中に胃がんが疑われる病変を画面に捉え、フリーズ操作を実施すると、解析結果がモニターに表示されるという仕組みです。

開発中の内視鏡AIによる診断画面例

また胃がん検出AI(静止画)に関する論文を世界で初めて発表するなど、内視鏡AI分野にいち早く取り組んできました。2022年11月には、これまでに内視鏡AI関連論文を上梓した研究機関の中で、引用数が最も多い機関として挙げられました。

こうした活動で得た知見などを踏まえて、内視鏡AIについて解説していきます。

内視鏡AIの重要性、患者と医師の課題を解決

内視鏡AIの重要性は、患者と内視鏡医の双方に関連します。また内視鏡分野という日本のお家芸によって、世界の患者を救えるポテンシャルもあるという社会的な重要性もあります。

患者のメリット、早期がんの発見促進

まず患者に対する意義は、早期がんの発見促進によって、臓器温存や生存率の向上を期待できるという点です。

国内でのがんによる死亡者数の中で、最も多い部位が消化管(上部・下部)。中でも死亡者数の多い大腸がんと胃がんは、内視鏡AIの活用が特に期待される領域です。いずれも早期発見できれば、低侵襲治療での根治や高い生存率を期待できるため、内視鏡AIの臨床的意義が高い可能性があるからです。

次のグラフは、胃がんと大腸がんの5年相対生存率を表したデータです。大腸がんの5年相対生存率は、ステージ1で発見できれば93.5%に上りますが、ステージ4での発見になると19.3%にまで減少します。胃がんに至っては、95.5%(ステージ1)から6.5%(ステージ4)にまで急減してしまいます。

つまりがんの生存率を高めるためにも、早期発見は喫緊の課題。内視鏡検査は、がんを早期発見できる唯一の手段であるものの、早期がんの見逃しは、一定の割合で発生しています。特に早期胃がんは萎縮性胃炎などを背景に発生することが多く、発見が困難な場合も多いです。ある研究によると、早期胃がんの場合の見逃し率は、5~26%に上るといいます。

例えば次の内視鏡画像をご覧ください。それぞれの画像に早期胃がんが写りこんでいますが、どこにあるか分かるでしょうか?

正解は赤枠で示した箇所になります。

このように早期胃がんを的確に同定・診断するハードルは高く、内視鏡検査において一定の見逃しが起こります。程度の差はあれ、食道や大腸などでも同様です。そのため内視鏡AIによる診断支援の意義は、非常に大きいと考えています。

内視鏡医のメリット、より小さい負担で見逃し防止

このように早期胃がんの発見は困難なことが多く、検査を実施する内視鏡医への身体的・心理的な負担も多大です。内視鏡医への負担について私自身の経験でいえば、対策型胃がん検診の一環で行うダブルチェック(二次読影)があります。

さいたま市や新潟市のように、対策型胃がん検診に胃内視鏡検査を取り入れている地域では、内視鏡画像の二次読影が義務付けられています。

私がさいたま市でクリニックの院長を務めていた当時は、外来業務が19時に終了した後、1時間で数千枚の内視鏡画像を読影していました。昼間の業務を終えた後の医師にとっては大変な作業です(ちなみに「二次読影という大変な作業をなんとかなくしたい」と常々考えていたことが、内視鏡AIの発想につながった直接の課題感です)。

さらに内視鏡専門医がそもそも不足している事情も相まって、対策型胃がん検診を取り入れている自治体が限られてしまっているという問題もあります。

この問題を解消するには、内視鏡医の負担を減らすだけでなく、内視鏡医による診断力を高いレベルで均てん化させる取り組みも不可欠です。そのために内視鏡AIが果たせる役割は大きいでしょう。

世界の患者、日本の内視鏡技術で救う

さらに内視鏡検査の技術が発達している日本だからこそ、内視鏡AIの開発を世界的にリードしやすい、という社会的な重要性もあります。

内視鏡医療の発祥は日本。人口10万人あたりの内視鏡医の数は25人に上ります。日本の次に多い中国が2.2人にとどまることを考えると、日本の水準が突出していることが分かると思います。

また日本の内視鏡医の診断能力も世界的に高い水準を誇ります。つまり日本の内視鏡検査は質・量ともに世界トップクラスのため、内視鏡AIの開発に必要なデータがそろいやすい環境にあると言えるのです。

早期がんのうちに内視鏡検査で発見できず、進行がんの状態で見つかることが多い地域は、世界各地に存在します。内視鏡AIによってこうした課題を解決することで、日本の存在感を示すチャンスと言えそうです。

内視鏡AIの開発方法は?

内視鏡AIをはじめとする医療AIの社会実装が進む背景には、AI技術の発展があります。

AIが判定を下すには、対象データから何らかのパターンや特徴を抽出できる必要があります。従来の機械学習では、こうした特徴量を開発者自身がモデルに教え込む必要があります。しかしあくまで人間が認識できる範囲での学習にとどまるため、複雑で抽象的なデータに対応できないという問題がありました。

一方でニューラルネットワークという手法の一種である、畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network:CNN)の登場によって進化が起きます。機械学習の一つである深層学習(ディープラーニング)が可能になったのです。ディープラーニングでは、機械が特徴量を抽出するため、より高度な学習を実現できるようになりました。ニューラルネットワークを活用した学習には、膨大な計算量が求められるものの、それを可能にするGPUの存在も、AI普及を後押ししました。

教師データの準備が最重要

私がこうしたAI技術の発展を知ったのは、2015年に参加した東京大学の松尾豊特任准教授(当時)による講演です。AI研究で著名な松尾特任准教授ですが、「AIの画像認識能力が人間を上回り始めた」というお話に強い印象を受けました。「この技術を使えば、現場の内視鏡医の悩みを解決できるかもしれない」。そう考えたことが、AIメディカルサービス創業を決意するきっかけの一つになりました。

現在は早期胃がんの鑑別支援AIを研究中ですが、開発工程の中で最も重要な作業は、良質な教師データの収集と的確なアノテーション(注釈づけ)作業です。

どんなに優れた開発力があったとしても、そもそもの教師データの質や量に問題があると、優れたAIを作ることはできません。私たちの場合、国内の100施設以上の医療機関とデータ提供体制を築いています。内訳も、がん研有明病院や大阪国際がんセンター、東京大学医学部附属病院、慶應義塾大学病院をはじめとする先端施設です。

しかしAIを開発するにあたって、収集した教師データをそのまま使うことはできません。有効な学習用データに変換するためのアノテーション作業が必要です。アノテーション作業では、機械学習モデルに学習させたい箇所をマーキングします。それによって学習に必要な情報を教師データに付与していくのです。

私たちの内視鏡AI開発工程の7~8割は、こうした教師データの収集とアノテーション作業に費やしています。

内視鏡AIの役割、医師は不要になるのか?

「AIが普及すると、人間の医師は不要になるのか?」。

内視鏡AIを含む医療AIの役割を議論する際に、よく出る疑問です。一般的には「人工知能」と銘打たれているだけに、こうした疑問が生じやすいのでしょう。

その際に前提として重要な情報があります。医療現場において「AI」という言葉は、「人工知能」(Artificial Intelligence) ではなく、あくまで医師の業務を支援する「拡張機能」(Augmented Intelligence) の意味合いが強いという点です。これは 2018 年に米国医師会(AMA)が声明で言及。さらに 2022 年 3 月に日本医師会が開催した生命倫理懇談会でも、改めて紹介されています。

医療における「AI」の役割は医療の自動化ではなく、人間の知能拡張を通じて支援することにこそあるという考えです。

内視鏡検査においても、最終的な診断を下すのは人間である医師。そのサポートをするのが内視鏡AI、という役割分担になるのです。

実臨床でのメリット

AIはパターン認識能力に優れているため、画像の診断や分類作業において特に強みを持ちます。そうしたAIと内視鏡医が共に検査に臨むことで、どういった効果を期待できるでしょうか?現状では、主に次の4つがあると考えます。

1.早期がんの見逃し、誤診の防止

非専門医が内視鏡検査を実施する際、頼れる専門医が常に横にいてアドバイス をくれるわけではありません。難しい症例に遭遇して判断に迷う局面は、若手であるほど多いと考えられます。また数多くの検査をこなす中で、一定数のヒューマンエラーは避けられません。こうした場面で内視鏡 AI の判定を参考にすることで、早期胃がんの見逃し防止はもちろん、AIのダブルチェックによる検査精度の均てん化や検査効率の向上を期待できると考えます。

2.学習効果の促進

非専門医が自身の所感や判断を確認するために使える可能性があります。内視鏡 AI による鑑別・検出結果と、自身の判断を逐次照らし合わせることで、症例に対する理解を深めるといった用途です。

内視鏡 AI は人間ではないため、いつでも気軽に活用でき、学習サイクルをより早く回す効果があると考えられます。さらに指導医にとっては、若手の指導に費やしていた時間を削減できる可能性もあります。

3.不要な生検の省略

内視鏡 AIによる鑑別支援を受けることで、無駄な生検の省略やそれに伴う医療経済効果も期待できます。しかしこれはあくまで想定であるため、今後の臨床現場での活用や研究が待たれるところです。

4.集患効果

臨床現場での効果という話とは異なりますが、施設への集患効果が得られる可能性もあります。特に同じ地域に競合施設が点在するような施設では、先端技術である内視鏡 AI 導入を訴求することで、他施設と差別化できることもあり得るからです。

上記のほかにも、内視鏡医の負担軽減による診断パフォーマンスの安定や、希少疾患の早期発見など、様々なメリットが出てくる可能性があります。また「高齢による視力や体力の低下をAIによってカバーできるのではないか」、と仰る内視鏡医の先生もいらっしゃいました。

内視鏡AIの今後、研究動向を紹介

内視鏡AIは今後どのように発展し得るのか?その一端を知る上で、AI研究の現状を把握することが重要です。私たちは、これまでに国内の施設と共同で50本以上のAI論文を上梓してきました。中でも主要な研究を紹介します。

早期胃がんの検出 AI 

がん研究会有明病院の平澤俊明医師(上部消化管内科)らとともに、2017 年から 胃がん検出内視鏡 AI の研究を開始。翌年、胃がん専門医学雑誌「Gastric Cancer」に研究成果を投稿しました。AIを活用した内視鏡胃がん検出支援システムとしては世界初の報告です。

同報告では、AI の学習データとして約 5 万枚の内視鏡画像を活用し、内視鏡静止画像に写る胃がんを検出する AIを開発しました。さらに胃がんの内視鏡静止画像 2,296 枚を使ってその 精度を検証したところ、胃がんの検出感度は、内視鏡専門医と同等の92.2%に達しました。 

食道扁平上皮がんの検出支援AI 

食道扁平上皮がん(Esophageal Squamous Cell Carcinoma:ESCC)の検出支援 AI も開発しました。学習データとして、内視鏡静止画像17,336 枚(表在型ESCC や非腫瘍性の内視鏡画像など)を活用。表在型ESCC などを含む動画を対象に検出精度 を検証したところ、AI の感度は 85.7%となり、医師の感度(75.0%)を上回りました。

一方で AI の 特異度(40.0%)は、医師の特異度(91.4%)を下回りました。しかし医師が AI を使用しながら実施した検証では、高い特異度(91.6%)を維持しつつ、感度も医師単独と比較して上がる(77.7%)ことが示唆されています。 

NBI併用拡大観察画像を用いた胃がん鑑別支援AI 

Narrow Band Imaging(NBI)併用拡大観察(ME‒NBI)画像を対象にした胃がん鑑別 AI に関する研究です。ME‒NBI 画像 5,574 枚を学習データとして作成し、テスト用画像 2,300 枚を対象に胃 がん鑑別機能を検証したところ、感度は 98%、特異度は 100%でした。 ME‒NBI は、早期胃がんの診断にきわめて有用なツールですが、十分に使いこなすには専門性が求められるため、その診断能には観察者間相違もあることが示唆されています。内視鏡 AI の客観性のある診断が診断の均てん化に寄与することが期待できるため、ME‒NBI 画像活用の間口がより広がる可能性もあります。

胃がん深達度診断支援AI

早期胃がんの深達度診断は、治療法の決定に重要です。現在の深達度診断は、通常内視鏡画像に加え、超音波内視鏡などを用いて行われています。

本研究では、早期胃がんの深達度がM/SM1、もしくはSM2以深であるかを通常観察(白色光画像・NBI画像・インジゴカルミン散布画像)にて予測する内視鏡 AIを開発しました。

AIシステムの学習用と精度検証用として、1,084 症例から集めた 1 万 6,557 枚の内視鏡画像を活用。同システムによる深達度鑑別精度は、以下のように高い精度を示しました。

  • 白色光画像:感度 89.2%、特異度98.7%
  • NBI 画像:感度 80.9%、特異度 97.8%
  • インジゴ画像:感度 89.2%、特異度97.6%